交通事故における健康保険の利用に関して

代表弁護士 濱 悠吾 (はま ゆうご)

交通事故による怪我治療には健康保険が使えないとよく言われますが、実はそのようなことはありません。必要な状況下では積極的に利用し、怪我治療を速やかに進めるようにすべきです。

ここでは、事故における健康保険利用の仕組みやメリットについて解説します。

厚労省も認めている交通事故における健康保険利用

事故による怪我治療を受けるために、病院で健康保険を利用したい旨を申し出た際、病院から断られるケースがあります。

これには、病院側が「健康保険は使えない」と誤解している可能性や、加害者側の任意保険を使った方が多額の治療費を獲得できるという判断が理由となっていることが考えられます。

しかし、事故による怪我も健康保険による保険給付の対象であることは厚労省も認めており、社会保険、国民健康保険、共済、船員保険のいずれも有効であることがわかります。

病院とは、治療や医師との関わり、後遺障害診断書の作成等、十分な協力関係のもとで力を借りる必要がある相手ですから、健康保険を使いたいと申し出た時に親身に相談にのってくれる病院ではなかった場合は、別の病院を当たってみることも大切です。

被害者に過失がある場合と加害者が任意保険非加入の場合は健康保険を使うべき

事故による怪我治療のために健康保険を使うべきケースには、被害者に過失がある場合と加害者が無保険だった場合が挙げられます。

被害者に過失がある場合

交通事故では被害者の過失が0ということはほぼなく、若干の過失が認められることが現状です。仮に被害者の過失がある程度大きかった場合は、健康保険を使ったほうが過失相殺の影響を抑えることができます。

例えば被害者の過失が30%だとして、治療費が180万円、入通院慰謝料が50万円、休業損害が50万円だった場合について考えてみます。

健康保険を使わなかった場合は、最終的に手元に残る金額が非常に少なくなることがあります。相手方に請求できる損害賠償額の合計は280万円ですが、30%の過失相殺により実際に受け取れる金額は196万円となり、ここから病院に対して180万円の治療費を自腹で支払うと、手元に残る金額は16万円となります。

一方、健康保険を使った場合、病院に対して支払う治療費は3割の54万円で良いことになるため、損害賠償額は154万円となります。30%の過失相殺により実際に受け取れる金額は107万円となり、ここから病院に対して54万円の治療費を自腹で支払うと手元には53万円が残るので、健康保険を使わなかった時よりもはるかに多い金額を手にすることができるのです。

加害者が任意保険非加入だった場合

加害者が自賠責保険にしか加入していなかった場合、傷害の限度額は120万円であることから、治療費180万円のうち60万円は被害者が自腹で支払わなくてはならないことになります。(加害者に請求はできますが、支払われるかどうかは別問題です)しかし健康保険を使えば、病院に支払うべき治療費は54万円で済むため、残る66万円は手元に残ることになります。

健康保険で受けられる各種の給付制度

健康保険では、事故による治療や働けない期間等について各種の給付金を受けることができます。

療養の給付

健康保険を利用して治療を受けることができ、入院時の食事も支給される。

傷病手当金

働けない期間について、給与の3分の2相当の額が最大1年6ヶ月に渡り支払われる。

高額療養費

治療費用が高額になってしまう場合、規定の金額を超えた部分については高額療養費として免除される。

「第三者行為による傷病届」を提出し健康保険を使った治療を受ける

まずは病院に対し、健康保険を使って治療を受けたい旨をしっかりと伝えます。

一方、事故による怪我治療の費用を負担すべきは加害者ですから、健康保険を使って治療を行った場合、健康保険は加害者に対して費用の返還を求めることができます。

その際に必要になるのが「第三者行為による傷病届」の書式になるため、健康保険に対して当該書類を提出することになります。

健康保険を使う際の注意点

このように健康保険を使うことで、損害額の総額を抑えることができるため、過失相殺が発生した際にも被害者の手元に残る金額が多くなるケースがあります。

ただし、だからと言って必ず健康保険を使った方が良いというわけではありません。健康保険を利用すると、任意保険会社に「一括対応」をしてもらうことができません。一括対応ができる場合は、任意保険会社が直接医療機関にかかった治療費を支払ってくれるため、被害者の窓口での負担はありません。

ところが健康保険を利用することになると、被害者は窓口で3割の自己負担金を支払わなければなりません。そのため、治療の見通しが立っていない状況で健康保険を使い始めてしまうと、たとえ3割負担分だとしてもかなりの金額になり、被害者の経済的な負担となります。

そのため、健康保険を使う場合は治療の見通しが立っていて、どの程度の治療費を窓口で支払うことになるのかわかった上で、その負担に耐えられるようであれば健康保険を選択し、そうでなければ安易に健康保険を選択しない方が良いでしょう。

最近では、損害額を最小限に抑えるために、任意保険会社から健康保険の利用をお願いされるケースもあるようですが、安易に判断せず、できれば一度当事務所などの弁護士に相談されてから決めることをおすすめします。